2022年03月20日

(セミ)リタイアは「執着を0にする」を含んだ「自由」。

こんにちは、

セミリタイア研究家




「自分の自由な時間」を安く買い戻すVS「死ぬときの資産0円」は、
一見「自分の自由な時間を売らず」に「自分の自由な時間を安く買い戻す」ことで「自由」を得たいという考えと
「死ぬまでに資産0円を目指す」ことで、死ぬときの「執着を0にする」という考えの対立に見えた。

現在のライフプランの設定においては、
「自分の自由な時間を安く買い戻す」>「死ぬまでに資産0円を目指す」なので、
価値観「自由」>価値観「執着を0にする」という個人的価値観の比較にみえたが、

「自分の自由な時間を安く買い戻す」は、短期的視点での「執着を0にする」を目指し、
「死ぬまでに資産0円を目指す」は、長期的視点での「執着を0にする」を目指しているといえそう。
結局どちらも「執着0にする」という価値観をもとにしている。

では、価値観「自由」と価値観「執着を0にする」は、どういう関係なのか?

(セミ)リタイアで「自由」に至る過程においては、日々の短期的視点での「執着を0にする」を目指してきた。
「自分の自由な時間」を安く買い戻すことで「(セミ)リタイア」の持続性を高め、「自分の自由な時間」を延ばす。
ならば、価値観「執着を0にする」の積み重ねの結果、価値観「自由」を手にしているということ。

つまり、(セミ)リタイアは「執着を0にする」を含んだ「自由」ということになる。
執着を手ばなすと「自由」になるともいえるのかもしれない。

(セミ)リタイアにおいて「執着0」と「自由」は互いに密接に関係している。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

で夢のセミリタイアを。

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posted by エスカルジュニア at 10:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○「請願」と2030年の目標
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