2020年12月16日

コロナで行動が制限されている今、自分にとっての最適な「人生は暇つぶし」を再検証する良い機会なのかも。

こんにちは、

セミリタイア研究家


時間を消費する支出」(一般的なお金の使い方として)
時間を得るための支出」(有効なお金の使い方として)

この2つを基準にお金の使い方を比較していることを見かける。
「時間を消費する支出」として、代表的なのは、ゲーム、PC・スマホ、娯楽等。
「時間を得るための支出」として、代表的なのは、時短家電や家事の外注化等。

その背後に隠れているのは、「支出のための収入」と「その収入を得るための(賃)労働」
「時間を消費する支出」「時間を得るための支出」どちらにも「支出のための(賃)労働」が背後にある共通項だろう。

セミリタイア・アーリーリタイアは、第三の道だ。
それは、「時間を得るために支出をしない

セミリタイア・アーリーリタイアの実現とは、
「支出のための(賃)労働」の縮小・不要を目指すことにほかならない。

「支出をせずに時間を得る」
→「支出をせずにセミリタイア・アーリーリタイア(時間)を得る」

時間を得る点では、「時間を得るための支出」(有効なお金の使い方)と同じ。
違う点は、支出のための(賃)労働の位置付けだ。

ところで、時間軸をのばして、人生とは何かといった問いに対して、よく聞くフレーズは「人生は暇つぶし
このフレーズを聞いた後で、冒頭の選択に話を戻すと「時間を消費する支出」の見え方が変わってくる。

支出の対象に対して、熱中できるなら「時間を消費する支出」が最も効率的なのでは?
時間をつぶすことのできる熱中できる物を買い、そしてその対象物を買うために全力で(賃)労働をすれば、一切の暇な時間がなくなる。
それは、効率的な「人生は暇つぶし」といえそうだ。

エスカルジュニアも、社会人生活は、この効率的な「人生は暇つぶし」からスタートした。
だが、ある別の方向に向かって「人生は暇つぶし」を進めてきた。
それは、消費も労働も他者のシステム上で生きる人生ではなく、
自分のシステムの上で自由に生きる人生だ。
自分のシステムの上での「人生は暇つぶし」を望んできた

さて、生きていく(暇つぶしの)ために必要と思われる支出はどこにいったのか?
しなくなったか、少なくなったか、自足するようになったか、使い道を変更したか」だ。

セミリタイアへの途上においては、労働によって得た収入から、「しなくなったか、少なくなったか、自足するようになったか、使い道を変更したか」の実行により、少なくなった支出を除き、その残余分を時間を得るために資産内部留保や運用資産)へおきかえていく。

セミリタイア実行後の、その継続においては、「時間を消費する支出」よりも「時間を得るために支出をしない」方が持続可能性は、当然高い。

セミリタイアを実行・継続するポイントは、支出を「しなくなったか、少なくなったか、自足するようになったか、使い道を変更したか」の状態で「人生は暇つぶし」ができるかどうかだろう。

案外、コロナで行動が制限されている今、自分にとっての最適な「人生は暇つぶし」を再検証する良い機会なのかも・・・。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

で夢のセミリタイアを。

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札幌で腸内会活動中です。







posted by エスカルジュニア at 11:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○セミリタイアとは?
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