2021年01月31日

セミリタイア夫婦の2021年1月の体重測定の結果。

こんにちは、

セミリタイア研究家


栄養素分析と体重の変化とを連動させるためにエスカルジュニアは、毎朝、体重等を測定しています。
妻は、今月、2回測定したので、あわせて記録しておきたいと思います。

(エスカルジュニア)
    体重(kg)体脂肪 BMI
1月 1日  58.7  17.1  19.0 
1月31日  58.1  16.4  18.8

〇1ヶ月間の変動範囲
体重(kg)58.1〜59.1
体脂肪 15.8〜17.8
BMI 18.8〜19.1

(妻)
〇1ヶ月間の変動範囲
体重(kg)43.9〜44.0
体脂肪 18.6〜20.2
BMI 16.3〜16.4

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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posted by エスカルジュニア at 13:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○アーリーリタイア夫婦流「メガ健康法」
2021年01月29日

楽天モバイル利用開始による、生涯の費用削減効果は180万円?

こんにちは、

セミリタイア研究家


楽天モバイルから新料金プランの発表がありました。

4月1日からの新プラン「アンリミット6」
・たくさん使う人にもあまり使わない人にも全国民に最適なプラン
・全ての人に最適なワンプラン

〇料金
1GBまでの月は0円
1〜3GBまでの月は980円
3〜20GBまでの月は1980円
20GB〜の月は2980円

〇リンク通話で国内かけ放題
〇店舗でも受付
〇2021年夏メアド提供
〇2023年人口カバー率100%(人工衛星)
〇「アンリミット5」は、4月1日に「アンリミット6」にアップグレード。
〇300万人1年間無料の枠が今220万人なので、あと残り80万人。

1GBまでの月は0円とは驚きです。

エスカルジュニアの自宅の通信環境は、ターミナルを利用しているので、無制限。
屋外では、ほとんどスマホの通信を使わないため、毎月スマホ利用は平均1GB位。
にもかかわらず、3GBのプラン(一番少ないプランが3GB)にはいっていました。

過大なプランだったので、次のプランでは、その見直しが課題でした。

今回の楽天モバイルのプランを、我が家の利用状況にあわせて考えてみると、スマホ1台に我が家の通信を集約すれば、毎月の通信費の上限は、およそ3000円。

実際に0円のお試し期間中に使ってみて、可能かどうか検証していきたいと思います。

さて、検証の結果、通信費見直しに成功し、楽天モバイルのプランがエスカルジュニア生存期間中存続するならば、通信費削減効果はどの位?

これまで、1カ月8000円ほどの通信費が上限3000円となれば、毎月5000円節約できることになります。

すると年間6万円の通信費削減効果。

残りの生涯30年とするとその効果は、180万に。

ライフプランが改善され、セミリタイア生活の持続性がさらに高まることになります。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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posted by エスカルジュニア at 18:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ●アリリタ生活(少欲)

「愛」と「幸福」を切り口にした、『「善」の統一』の結果とは。

こんにちは、

セミリタイア研究家


」と「幸福」という2つの別のルートを通して、個人的善について考えることから、『「善」の統一』を目指してきた。


これら、普遍的「個人的善」が『「善」の統一』の主要な要素といえる。

さらに、普遍的「愛」と普遍的「善」である「命を大切にする」は、2つの「理念」に通じる。

「利己的(自己)愛」「利他的(自己犠牲の)愛」=「博愛
「利己的(自己)愛」「利他的(自己犠牲の)愛」のバランス=「平等
そして、普遍的「善」である「命を大切にする」は、「生存権

このルートは西洋的?



普遍的善「執着を捨てる」の最終段階は普遍的善「無我」で、究極的には、無我=利他になる。

これら、普遍的「個人的善」が『「善」の統一』の主要な要素といえる。

「無我=利他」は、自我への固執をすてるため「自由」であり、自分以外すべて自分と同じなので「平等」であると考える。
そして、普遍的「善」である「命を大切にする」(生存権)が、普遍的「無我」への防波堤になる。

このルートは東洋的?

「愛」と「幸福」を切り口にして、『「善」の統一』を試みた。

その結果は、
主要な普遍的善は、「執着を捨てる→無我」「利己的(自己)愛」「利他的(自己犠牲の)愛」「命を大切にする」
そして、これらから、共通する理念「生存権」「自由」「平等」「博愛」に至ると考える。

これが、グローバルな少数の支配者に対抗するために被支配者の統一された「善」
この統一された「善」の基準を用いて、グローバル資本家に対抗すべきだと考える。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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posted by エスカルジュニア at 08:55 | Comment(3) | TrackBack(0) | ○「請願」と2030年の目標
2021年01月28日

2年縛りの契約期間の終了にあわせて、通信費の見直し中。まずは、楽天モバイル。

こんにちは、

セミリタイア研究家


2月から3月にかけて、自宅のネット環境とスマホ2台の契約期間が終了します。
この2年間の縛り期間中、毎月の通信費合計は、約8000円。
今回、2年縛りの契約期間の終了にあわせて、通信費の見直しを進めています。

いつも2年縛り終了前になると情報収集をはじめるのですが、今年は、通信各社、お得な料金プランがどんどん発表されていますね。

まずは、楽天モバイルへ申し込み、機種が手元に届いたので、今、いろいろと試しています。

今のところ、楽天回線エリアが、自宅でも、自宅周辺の屋外でも適用されているようなので、まずは、ひと安心。

通話も試してみましたが、多少のハウリングはあるものの、通話自体にそれほど問題はなさそう。

ネット無制限、通話無制限、縛りなし、スマホ(実質)無料+ポイントプレゼント、契約事務手数料無料、MNP転出手数料無料で1年間0円は、驚きです。

明日、楽天モバイルから新料金プランの発表があるようなので、楽しみです。

楽天モバイルのおかげで、今後1年間は、通信費の大幅な削減ができるかもしれません。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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posted by エスカルジュニア at 16:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | ●アリリタ生活(少欲)
2021年01月26日

2つめのルートは、「幸福」を切り口に考えることから、『「善」の統一』を目指す。

こんにちは、

セミリタイア研究家


前回、普遍的「愛」を考えていく中において、普遍的「愛」には、利己的な「(自己)愛」と利他的な「(自己犠牲の)愛」がある。
「(自己)愛」の極限には、自己の「命」が、「(自己犠牲の)愛」の極限にも、自己の「命」がある。
「利己」「利他」のそれぞれの極限に、自己の「命」がある。
とした。

今回、「幸福」を切り口にして個人的善について考えることから、『「善」の統一』を2つめのルートから目指す。

個人の「幸福」は、基本的には、利己的といえる。
利己的なので、普遍的「愛」でいえば、「(自己)愛」寄りだろう。

ただ、全て利己的で、果たして「幸福」といえるのだろうか?

利他的も含めて「幸福」ととらえる人が多いのでは。

「幸福」は出発点は利己的であり、利己的寄りだとしても利他的まで拡がる領域にあるのではないだろうか?

ならば、「幸福」は、利己的と利他的のバランスが重要ともいえるのではないか。

「幸福」=利己的⇔利他的

利己的と利他的の間で動的に日々揺れ動いている。

「幸福」は、「快楽(消費)」とも重なっている。
「幸福」「快楽(消費)」のダウンサイジングによって、自己の幸福が小さいもので足ることを知るならば、利他的な方向へと動きやすくなる。

ここで、「幸福」「快楽(消費)」のダウンサイジングのために必要な、普遍的善「執着を捨てる」について考えてみる。

「執着を捨てる」にも段階がある。

少欲
  ↓
無欲
  ↓
無我

無欲までの段階においては、「執着を捨てる」ことに執着しているともいえる。

無我は、自己への固執を打ち破ることになる。

これは、「自由」といえないだろうか?

無我=自由

各段階ごとにみてみる。

普遍的善「執着を捨てる」の前段階の場合

「自己の強い快楽(消費)」>個人的善(利他)

強い利己>利他


普遍的善「執着を捨てる」の最終段階、普遍的善「無我」の場合

普遍的善「無我」=個人的善(利他)

無我=利他ということは、他のものは全て自分と同じ。
命をもっているものはつながっているという感覚といえるのかも。
利己=利他だから。これは、「平等」ともいえるのでは。

利他がいきすぎるとどうなるか。
利己<利他となり、究極的には、命と引き換えになることにつながっていき、究極的には死だ。
「幸福」が脅かされる。

と同時に別の普遍的善「命を大切にする」と矛盾してくる。

普遍的善「命を大切にする」は、普遍的善「無我」の行き過ぎを防ぐ防波堤ともなる。


ところで、いずれ訪れる死の瞬間において、普遍的善「無我」=個人的善(利他)を超えていたとしたら、その時の「幸福」とはどのようなものか想像してみる。

一方において、普遍的善「無我」に達し、もう一方で個人的善(利他)を超え、普遍的善「(自己犠牲の)愛」に達した場合だ。

普遍的善「無我」=普遍的善「(自己犠牲の)愛」において、死は、普遍的善「無我」の執着なき死、または、普遍的善「(自己犠牲の)愛」の死のどちらかの死となる。

これは、もしかすると「幸福」であり『涅槃』なのではないか。(決して死をすすめている訳ではない)

「幸福」について考えると、普遍的善「執着を捨てる」と普遍的善「命を大切にする」に到達する。

「執着を捨てる」ことで、究極的には、無我=利他になる。

「無我=利他」は、自我への固執をすてるため「自由」であり、自分以外のものもすべて自分と同じなので「平等」であると考える。
そして「命を大切にする」が、無我への防波堤になる。

幸福」について考えることから、普遍的善「執着を捨てる」の最終段階「無我」と普遍的善「命を大切にする」(生存権)が現れ、その過程には、「自由」「平等」が含まれる。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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posted by エスカルジュニア at 16:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○「請願」と2030年の目標