2015年06月20日

自営業時代について〜起業〜(2)

こんにちは、エスカルジュニアです。

サラリーマンを辞め、起業したことで、

自由の身となりました。



しかし、そんな喜びも束の間、

起業後の洗礼を受けることに。

今の自分が当時の自分に対して

アドバイスできれば、

開業時これほどまでに

苦労しなくてもすんだのに。



今思い出してもゾッとするほど

の経験を味わうことになりました。




お店の開店前から出品のお客様を

募集していたのですが、

なかなか出品される

お客様が現れませんでした。



近隣にチラシを配ったりしたものの

反応がありません。

開店したての、

どこの馬の骨とも分からないような、

お店に品物を預ける訳がないですよね。



開店当初は知人などに

出品してもらっていたこともあり、

販売する商品はあったのですが、

営業日数を重ねるうちに

補充する商品が手薄になって

いきました。



出品者の想定を完全に見誤っていました。

当然、商品がないと売れないので、

商品補充のために

商品を仕入れる必要性がでてきました。



仕入れ資金を用意する必要に迫られ、

生活費の予備として準備していたお金に

手を付けざるを得なくなっていきました。

さらに追い打ちをかけるように

支払いが次々に。



サラリーマンの時には給料天引きだったので

あまり意識していなかった

社会保険料・税金の支払い。


自宅の住宅ローンの返済、お店の家賃、

お店の開店時にお客様の預かり品を

守るためにと思って入った

警備会社の費用。

お店の設備のローン。

等。



これらの支払いによって、

急激に手元の資金が減っていくという

恐ろしい体験をすることになりました。

さらに運転資金、生活資金が

ショートする寸前となりました。



バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)こちらもどうぞ



で夢のセミリタイアを。
posted by エスカルジュニア at 08:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○自己紹介
2015年06月18日

自営業時代について〜起業〜(1)

こんにちは、エスカルジュニアです。

起業して、開店したのは、

雑貨・リユース品を取り扱う

約10坪の小さいお店。



お店が小さいので、効率よく商品を

展示できるように設備は特注に。

その資金は、起業のために貯めていた貯金と

国民生活金融公庫から借り入れによって。



販売するためのリユース品は、お客様から

出品してもらう必要がありました。

そのため、

オープン前から出品のお客様を募集開始。



リユース商品を中心にしたかったので、

自分で仕入れる商品は、

補助的にしようと。



「大量生産、大量消費社会に一石を投じる」

という理念に近いようなものがあったので、

新品の商品を仕入れるという選択肢

はなく、

しかし、10坪の小さい店とはいえ

品揃えは必要なので、

過剰在庫品や訳あり品等といった商品を

知り合った問屋さんから卸してもらう。



スタートはそんな状況でした。



サラリーマンを辞め、起業した時の

解放感。

給料が振り込まれない生活になった

緊張感。

両方の感情が入り混じっていました。



バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)こちらもどうぞ



で夢のセミリタイアを。
posted by エスカルジュニア at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○自己紹介
2015年06月16日

サラリーマン時代について(3)

こんにちは、エスカルジュニアです。

サラリーマン時代について振り返っています。



バブル崩壊後、厳しい時代に入り

会社の経営環境・労働環境が激変し、

成果主義が徹底されるように

変わっていきました。



そんな中においてエスカルジュニアは

職責があがり、売り場の責任者に。

スタッフ間の調整、評価等に

神経をすりへらすことになりました



実力主義・成果主義のために

各売り場に割り振られた予算は

さらに各人に割り振られる。


結果として

部下の成果に影響を与えることとなる。

皆、生活がかかっているので、

予算を適正に配分するため、

各人の細かい作業までにも

常に注意をはらわなければならない。

しかも、責任者が率先して売る。



これを定年まで続けられるのだろうか?



こうした、会社の労働環境の変化や

大量生産、大量消費社会への疑問

妻の病後が気がかりだったこと

等もあり、

独立起業にむけて構想を練りはじめました。




職責の上昇や、生活水準の上昇によって

脱サラへの壁が高くなっていたのですが、

奇しくも、就職したとき、

起業するとした目標の35歳が

近づいてきた頃合いで、

起業にむけて準備を始めました。



よく、想いは実現するといいますが、

想いに向けて世界が進んでいく

ような感じでした。



といっても、全て

前向きな感情だったという訳ではなく

会社の労働環境の変化や

自分自身がこれからの長い人生を

会社員生活に耐えられるかといった

ある意味、「逃避」の感覚もありました。



そういった中で葛藤しながら

事業プランを練っていました。



そして

決めたことは2点。

1点目は、

大量生産、大量消費社会に一石を投じる。

2点目は、

従業員は極力雇わない。

(人の生活を背負うことは

自分には向いていないことが

サラリーマン生活で分かった)

でした。




その結果、開店したのは、

約10坪の小さいお店でした。

そして、雑貨・リユース品を取り扱う。


小さなお店でしたが、

35歳で、起業して社長になると

いう夢が実現しました。



バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)こちらもどうぞ



で夢のセミリタイアを。
posted by エスカルジュニア at 09:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○自己紹介
2015年06月14日

サラリーマン時代について(2)

こんにちは、エスカルジュニアです。


働いて数年もたつと会社に対して

様々な

問題意識がでてきました。



皆さんもそういったことを

感じながら

仕事をしているのではないでしょうか?



会社が税金を払っていない割に、

給料が多いかも。

会社が、環境破壊しているようだ。

会社が、人に迷惑をかけているようだ。

といったように。



直接的、間接的に何か自分の持つ

道徳心とは

違うことを会社がしている。

でも、しかたない。

と見ないようにしていることは

あるのではないでしょうか?




私が感じたのは、


例えば


大量生産、大量消費社会への疑問




振り返って当時の政府の政策をみてみると、

1997年京都での

地球温暖化防止締約国会議(COP3)

で京都議定書を採択したのを受け、

1998年地球温暖化対策推進法を制定。

2000年を循環型社会元年とし

3R(リデュース、リユース、リサイクル)

推進のため

「循環型社会形成推進基本法」を制定。

 といったように環境に対する

取組がはじまりました。



しかし、私が働いていたのは、

大量生産、大量消費社会の

最先端の場ともいえる。


流行を発信して、新しい商品を

お客さんに買ってもらう。


周りがみえてくるようになると、だんだん、

おかしいんじゃない?

自分の性格がそもそも

「もったいない派」なので、

まだまだ使える物があるのに

売ること自体に違和感が。


同じものが何個あったってそうは使わない。

自分自身、買っても

結局使わずじまいの物もでてくる。



でも

売るのが仕事。

実力主義なので売らないと

お給料がもらえない。

そこは、会社のため、家族のためと割り切る。



大量生産、大量消費社会への疑問、

ジレンマをかかえながら

仕事をしていくことになっていました。



バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)こちらもどうぞ



で夢のセミリタイアを。
posted by エスカルジュニア at 09:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○自己紹介
2015年06月12日

サラリーマン時代について(1)

こんにちは、エスカルジュニアです。

少し、エスカルジュニアの

サラリーマン時代について。

大学卒業後に大手小売業に就職しました。

90年代前半のこと。



就職活動時に(中学生の頃からですが)

35歳までには、起業して社長になると

いう夢を持っていました。

その頃は、お店の経営をしたいなあ。

という漠然としたものでした。



しかし、大学卒業後すぐに起業しようとは

考えず、企業に就職して、経験を積んでから

独立するという目論見でした。




そのため、就職活動では、

働きながら勉強できそうな

会社を探しました。

丁稚奉公先探しです。



就職先を決めたのは、

○大手小売業。
(成長して大きくなった小売業なので、
その理由があるに違いない)

○実力主義。

○やる気のある人が多い。
(やりがいがありそう)

○1年の間に1か月間の休みがある。
(まとまった時間でいろいろできる)

といった理由から。

入社後、配属された売り場では

厳しい指導もありましたが、

いろいろと自由に仕事をさせてもらう

ことができました。


3年ほど経ったとき

経理部へ人事異動になりました。


そして、約3年後

売り場での

仕事を希望し、

新しいプロジェクトの部門へと

異動になりました。


その後退社するまでその部門で

仕事をしていくことになりました。



サラリーマン時代

3種類の性格の違う部門を

それぞれ3年以上づつ経験した

ことになります。


全く業務内容が違ったため

2回転職したような感じでした。

2回転職したような感じだったため

会社を退職する時もあまり違和感

ありませんでした。



バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)こちらもどうぞ



で夢のセミリタイアを。
posted by エスカルジュニア at 09:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | ○自己紹介